憎愛






ガラス張りにされた部屋の中央に一人の少女が椅子に座っていた。


まるでモルモットのように、周りから隔絶された状態で、少女はうつむいたままピクリとも動かない。


体中には無数のコードが張り巡らされ、それは外の端末に少女の生体データをウィンドウに示していた。






『やはり素晴らしいですな』

『ええ…!』



一人の研究員が感嘆のため息を漏らすと、それに賛同して何人もの人間が頷いた。


少女の姿は心ある者ならば、思わず手を差し延ばしたくなるような痛々しいものだったが、今この場にそれを気にとめるような人間はいなかった。

彼らは少女のことを人間として見てはいない。
モルモットとして、実験動物としてしか見ていないからだ。




研究員たちが熱心に少女データを見ていたとき、部屋に入ってくる人影がいた。




闇の固まりのような黒髪に、血のような紅の瞳。

身に纏うのはダークレッドの制服。




彼はゆっくりと、しかし確実に少女に近づいていった。



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こいつが、マユを、母さん、父さんを殺した。


あの白いモビルスーツのパイロット…




暗い笑みが口元に浮かんだ。




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何が起こったのか全くわからなかった。




気がつけばガラス張りにされた部屋に連れてこられていた。


体は動かず、まるで自分の体じゃないみたいで、わけがわからない。

不安と、何をされるかわからない恐怖が、今の混乱に更に拍車をかけていた。




それより何よりラクスのことが心配だった。



あの時の銃声が、今も耳にこびりついて離れない。




〈ラクス……〉






カツン―…



誰かが近寄る気配がしてキラは顔をあげた。




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「お前がキラ・ヤマト…」






シンが言った言葉に“キラ”は驚いたようだった。


にわかに青ざめた顔がこちらを見ている。





「化け物でも疲れたようだな」




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目の前に現れた少年の辛辣な言葉に呆然となる。




「言葉もない?」




キラはギッと相手を睨みつけた。

が、その少年はまるでどうでもいいとでも言わんばかりにキラの胸ぐらを掴んできた。




「痛っ…!」


すごい力で首が締められ、息がつまる。






「お前が殺した…!」






憎しみのこもった怒声に目をみはった。




僕が…?…殺した…?



あぁ、そうか…だから…






「…君は…僕…を…殺し…たい…の?…」




二対の紅を視界に入れて、キラの意識は薄れていった。











もうすでに意識を失い始めたキラを戸惑ったように見下ろし、シンはその華奢な体を静かに下ろした。




「ケホッ…―」




肩で息をするキラに少し罪悪感が湧く。




〈って、何考えてるんだよ俺!〉




どうにも調子が狂う。


なんでなのか自分でもわからない…




けれど、殺したかったはず…なのに……どうしてなんだ…?




あの、キラの言った言葉を聞いた瞬間。








守りたい…そう思ってしまうなんて……


どうかしてる…





シンは戸惑った表情のままキラを見つめた。






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「ハァ…ハァ…」



一気に意識が覚醒し、狂ったようにバクバクと鳴る心臓を抑えながら、キラは少年をぬすみみた。






紅の制服。




アスランと同じ…


だけど違うのは漆黒の髪と血のような紅の瞳。




まるで自分を殺しにきた死神みたいだ…


そんなことをぼんやり思った。








「…ハァ……―」



だいぶ息が整ってからキラは少年に問いかけた。




「なんで…殺さないの…?」


「…?…」



何を言っているんだ、こいつは?といいたげな困惑した顔に見られ、逆にキラは黙ってしまった。


それでも気になることがあったので口を開いた。






「…あの……君は、誰?」






「……は…?」






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本気でこいつの正気を疑った。






普通、殺されかけた状況で、相手の名前をきくか?!


いや、名前をきいているわけじゃないが…






「…俺は……」


「そこで何をやっている!」






思わず振り返ると、そこには研究員が目をつり上げてこちらを睨んでいた。






「っ!」




まずいっ

許可をとらずに入ってきたのだからやばいことになるのはめにみえていた。



逃げるしかないか…




そうと決まれば目の前の研究員を素手で黙らせ、一気に走り出す。



だが、最後にちらりと振り返った。






キラは呆然と何かいいたげに見つめていた。








「…また来る!」




その言葉に、キラは驚いたようだったが、それも一瞬だった。


何故なら、次の瞬間キラが見せたのは、満面の笑みだったから。








「っ!」







一瞬にして顔に熱が上がる。

思わず立ち止まりそうになるが、止まるわけにはいかない。



そのまま火照った顔を隠すようにして、走り出した。








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追っての研究員をなんとかやり過ごし、シンは壁に手をついた。




「…ハァ…ハァ…」




息が重く、マラソンをしたみたいだった。


顔が上気し赤かったが、それが走ったせいだけではないことをシン自身わかっていた。



〈なんなんだよ!くそっ〉




キラの笑顔。






俺は殺そうとしたんだぞ!?










「なんなんだよ…」










もやもやした気持ちが残ったままシンはその場を後にした。









END…?






あとがき
初シンキラ小説!
最初と感じが違うシンに微妙と思った方がいたらすいません;;
どうにもシンがどういう風にキラと接触するか謎だったのでこんな小説になってしまいました;;