ミエナイ未来
夕焼け空を一人の人間が見上げていた。 漆黒の髪が風に揺れる。紅蓮の瞳が空を射抜いていた。 シン・アスカ。 それが彼の名前。 シンは何をするわけでもなく空を見る。 外の空気を吸うためにミレルヴァから降りてきたはいいもの、どうすればいいのかわからなくて。 結局、慰霊碑のところまで来て、ただ空を見上げていた。 マユがいなくなった場所。 自分の運命が変わった場所は、今は小奇麗になっている。 それが罪を隠そうとしているように見えて、苛々する。 何だよ…自分達はこれで償ったつもりか…?! 皆死んだのに、どうして皆を殺したやつはのうのうと生きてるんだよ…! それは前大戦で生き残った人への怒り。 「くそっ…」 憂さ晴らしのように足元の石を蹴り飛ばす。 暫く水に跳ねる音が響いたが、すぐに波紋が広がった。 それを呆然と見つめると、あの日の記憶が甦る。 楽しかったあのころに、いきなり終止符を打った、凄惨な出来事。 出来事と言ってしまうには簡単すぎる、つらいこと。 力があれば…そう思ってザフトに入隊したのに。 一体自分は何をやっているのだろうか… ざ・・・・・・・ 「!?」 突然聞こえた音に驚いて振り返る。 え・・・・・・? と、そこにいたのは栗色の髪の少女。 どこか不思議な雰囲気を纏った彼女は無表情のまま立っていた。 シンが何か言うよりも早く、少女が口を開いた。 「知り合いが・・・・・亡くなったの?」 話しかけられた言葉に真の表情は固まった。 だが黙っているわけにも行かないので吐き出すように呟いた。 「ええ・・・・・・まぁ・・・・・前大戦のオノゴロで・・・・・・・」 苦い思いが頭に広がる。 このままだと相手を睨み付けてしまいそうで、シンは視線をそらした。 「そう・・・・ごめんね・・・・・・・・」 本当にすまなそうな様子に、慌てて言う。 「…あっ…っと…気にしないで下さい!」 少女はキョトンと目を丸くすると、顔を綻ばせた。 「ぁ・・・・・・・」 その笑顔は綺麗だったけど、どこかか下痢が見える。 寂しそうな表情。 ふとその訳が聞きたくなった。 「何でそんなに寂しそうなんですか?」 「え・・・・・・・・?」 その質問に彼女はひどく驚いていた。 何でだろうと思っていると、少女は空を見上げて言う。 「驚いた・・・・・・・・。君は人の気持ちがわかるんだ・・・・・・・」 やっぱりその顔寂しそうで、どうしてか気になる。 その時はおかしいと思わなかった。 でも後からすればおかしかった。 この時の俺は・・・ 人の事は知らない。 自分にできる事をする。 だから他の奴等にかまうつもりなんて無い。 そう思っていたのに・・・ ふと彼女が呟く。 「君にならわかるかな…?君はこの世界をどう思う?」 「え?」 意味がわからず問い返すと、彼女は視線をシンに移した。 「世界に…人間は必要・・・・・・かな・・・・?」 「なっ・・・・・どうして・・・・・そう思うんですか・・・?」 彼女は何も言わないが、先を促すように視線を動かした。 「俺たちが居なくちゃ今の世界はないし、昔生きた人たちが居なきゃ俺たちは居ない。 自分の存在を否定したいんですか・・・?」 シンの答えに、彼女は微かに笑った。 「そうかもしれない」 でも、と彼女は続ける。 「じゃあどうして人は人を殺すんだろう・・・?どうして戦争なんて起こすんだろう・・・・ 人同士が傷付けあう・・・・・・・どうして人はこんなにも愚かなの・・・? 君は疑問に思ったことはない?何のために。どうして、戦うのか・・・・・」 少女はそれきり黙った。 確かに彼女の言う通りなのかもしれない。 しかしそうとも言い切れない気がするのだ。 誰もが誰かの為に戦っている。 何かを守るために戦っているのだから。 何故目の前の少女はこんななことを聞くのだろう。 そうしてシンは彼女異様さに始めて気づいた。 黒い服は赤黒いものがこびりつき、頬にも同様のものが張り付いていた。 血だ・・・・・・ 一目でわかった。 なんで・・・・・・・・ シンの疑問に気づいた少女は、自嘲気味に笑った。 「人は何処までも愚かなんだろう・・・・・・・・」 言って去ろうとする少女を、シンは引き止めた。 「待ってください!」 「・・・・・?」 「名前を・・・・・」 彼女は一瞬の迷いの後言った。 「面白い人…こんな異様な人にそんな事聞くなんて・・・・・・・・・私はキラ・・・・・・君は…?」 「シンです!シン・アスカ!」 焦るように名を名乗ると彼女は微笑んだ。 「シン・・・君は軍人・・・・?」 「え・・・・・どうして・・・・」 その言葉に彼女は懐かしむように笑った。 「知り合いに軍人がいたからね・・・・・・・・・君は、この世界が大切?」 真意を計りかねる質問に戸惑うが、シンは頷いた。 マユが生きていた場所だから。 今、自分の友人達が存在する世界だから。 彼女はそれを見て、小さく微笑んだ。 しかし次の瞬間、顔を引き締めて言った。 「なら、私を…………止めて見せてよ」 「え・・・・・・・?どういう・・・・・」 意味なのか、と聞こうとしたとき、彼女は何かを言った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ぶわ・・・・・ すさまじい風が目の前をよぎり、思わず手で顔を覆った。 「?!」 何なんだと手を下ろす。 と、キラの進む先に漆黒のMSが悠然と肩膝を折っていた。 「な・・・・・・・・フリー・・・・・・ダム・・・?!」 それはフリーダムと呼ばれた機体のはずだ。 マユを、母さん父さんを殺した・・・・・・ 胸のうちに言いようのない濁ったものが湧き上がる。 だが蒼かった翼は闇色に包まれ、まるで悪魔の、否、死神のような存在になっている。 畏怖さえ感じられるその機体に、シンも言葉を失った。 彼女はコックピットに手をかけると、シンの方を振り返った。 「シン・・・・・・・・・・君はこの世界が大切なんでしょう?」 そこで言葉を区切り妖艶に微笑む。 その笑みに、一瞬胸が跳ねる。 シンが硬直しているのも気にず、キラは淡々と言葉をつむいだ。 「なら・・・・・・・私を殺して見せて・・・・・」 突然言われたその言葉は、シンにとっては理不尽としか言いようがなくて。 どうして彼女が・・・・・・・キラがそんなことを言うのか。 意味がわからなかった。 「私はこれから人間を滅ぼす。私を殺さなくちゃ君も、君の友達も死ぬ・・・・・ねぇ・・・・・だから、私を殺してね」 哀願するような声の響きに動揺を隠せないで居ると、キラはくるりと背を向けた。 待ってくれ、言い出したかったが、喉がからからで声がでない。 キラ!! 心の中で叫んでも、それは彼女には届かない。 「君の家族を殺したのは・・・・・・・私・・・・・」 びくりとシンの方が震える。振り向かないままキラは続けた。 「話を聞いてくれありがとう・・・・」 「!!」 それが、やけにシンの耳には聞こえた。 再び風が舞い上がり、さっと目を瞑る。 次に開いたとき、既にあの漆黒機体は飛び去っていた。 何もできなかった。 あの時、キラの腕をつかまえて、もっと話をしたかった。 それが何のためか、よくわからないけれど、話をしなくちゃいけなかったんだ。と、思う。 何で・・・・? 意味がわからない言葉と、優しい、寂しげな声。 それがシンの心に響く。 「意味・・・・・・わかんないですよ・・・・・・」 殺して・・・・・? どうして・・・・・? キラは言った。 人間を滅ぼすと、殺すと。 嘘みたいな話なのに、キラの瞳は嘘を言っているようには見えなかった。 キラを殺さなくては皆が死ぬ…? 守るために戦う。 それは今だって同じ。 誰だってそうだ。 でも、皆を守るためにキラを殺す・・・・・? そう思っても、思えない。 何かが胸につかえている。 しかし、それ胸の奥底にしまいこんで、シンは毅然と目を開けた。 守るため。だから。 「・・・・・殺すさ・・・・・フリーダムのパイロット・・・・・」 そう思った瞬間ずきりと胸が痛む。 思い浮かんだのは寂しく微笑んだキラ姿。 胸が熱くなる。 それが何なのかわからないまま、シンは藍色に染まりつつある空を見上げた。 キラ・・・俺は・・・・・・あんたを・・・・・・・ 「くそっ・・・・」 自分にはわかならい事だらけだ。 力は手に入れたはずなのに。 あのころと少しも変わっていない・・・? キラ・・・・・・俺にはアンタがわからない・・・ 出会ったばかりの二人は、お互いに何もわからぬまま、時は刻一刻と過ぎていった。 |
あとがき
長かった・・・初めてシンと会います。
しかしアニメの方は凄いことになってますね・・・
一体この先どうなってしまうのか・・・
シンの行動は見ていて悲しくなってきます。
何も聞かず、知らず。
結局自分にとって楽な道を進んでいるようにしか見えない。
傲慢かもしれませんが、悲しい限りです。