「よろしくお願いします」
発せられた声は鋭く研ぎまされた刃のようだった。
一礼すると同時に、肩までの栗色の髪がさらりと落ちる。
毅然とした紫紺の瞳と困惑に揺れた青い瞳がぶつかった。
青い瞳の持ち主、イザーク・ジュールはその人物を呆然と見つめ、美麗な顔を歪めた。
その姿が余りにも似すぎていたからだ。
『キラ・ヤマト』
ストライクのパイロットであり、フリーダムのパイロットであった者に。
しかし、イザークにとってはそれだけでは無いのだが。
平和協定が結ばれたのち姿を消し、そのまま行方知れずになったキラは未だに見つかっていなかった。
「何故貴様がここにいる・・・?」
思わず口からでた言葉には倹がこもっていた。が、言われた当人は訝しげに眉を寄せる。
「は?」
間抜けに返された言葉に怒りが上昇する。
「貴様はキラ・ヤマトだろう?!」
「・・・・キラ?・・・・私はザルツ・パルスという名前ですが・・・?」
そういった顔は嘘を言っているようには見えなかった。
本気で悩んでいるようだ。
しかしだからと言って、はいそうですかと納得する訳も無く、黙ったまま睨みつけた。
「あの・・・・?」
ふと、目の前の人物と同じように今日配属されたシン・アスカが話しかけてきた。
「お知り合いなんですか?」
その言葉にイザークの顔にさらに皺がより、ザイツと名乗った人物はますます眉を寄せた。
分からないからこんな状況になっているんだよ!!
心の中で叫びながら二人の様子はますます剣呑な状態になっていく。
その様子に、後ろで立っていた、レイ・ザ・バレルとルナマリア・ホークは未だ呆然とつったっているほかになかった。
そんな時、ザイツがイザークへと話しかけた。
「ええと…ジュール隊長が知っている方は…その…キラ・ヤマトと言ったんでしょう?だとしたら人違いです。僕は昔からザイツ・パルスという名なんですから。」
ザイツはそう言ってイザークを静かに見返した。
断固として否定するザイツにイザークの心が揺らぐ。
「…そうか…」
本当に違うのか…
残念だ、と思ったことに、イザーク自身が驚いた。
憎んでいた筈なのに…頭から出てくる思考を隅へ追いやって、一つため息をついた。
「…すまなかった…自己紹介が遅れたな。俺はこれからお前たちの上官になるイザーク・ジュールだ。俺の隊に来たからには甘えや泣き言は許さない。以上」
怜悧に述べると、イザークは4人を退出させた。
「…あいつは何だと思う?」
問いかけた声に答えたのは光るディスプレイ。
『さぁ?まぁキラじゃないって言ったって、あんなに似ちゃあなぁ…?』
同僚のため息にこちらも頷きたいぐらいだ。
奴は“キラ”ではないと言った。だが、あいつがキラと似ているのは何も容姿だけでは無い。訓練成績までもキラと似通いすぎているのだ。
あんな能力を持った人間がそう何人もいる訳がない。
この事は一応アスランにも伝えたが、アスランがどうでるかは分からない所だ。
もしかしたら言わない方が良かったかもしれない。
何せ、キラが居なくなった時のあいつは、荒れ放題だった。
それまで恋人のような存在だったはずのカガリですら意味がなかった。
その後は何をきいても虚ろでただ黙々と作業をこなすだけ。そして、時折一人出掛けては2・3日後、ふらりと戻ってくる。
その間の仕事はすべて終わらせているのだから特に文句はなかったのだが、あの状態はどうにもよくない。
昔の自分だったらとっくのとうに見捨てていたかもしれないのだが、今はそういう気にはなれなかった。
「…どうするべきか」
二年前に一度だけ会った時の姿からは比べものにならない鋭い眼光。
「…別人か、それとも…」
思い過ごしか…、と軽く額を揉み、席を立った。
『おい…イザーク』
「…なんだ」
思わずギロリとねめつけるとディスプレイの向こうの彼は真剣な瞳でこちらを見ていた。
『お前……いや…なんでも無い…』
「…心配するな」
その言葉に彼はハッと顔をあげた。
おそらくディアッカが言いたいのは今だにストライクのパイロットであったキラを憎んでいるのか、ということだろう。
瞳を閉じれば思い出すのは額を傷つけられた灼熱の痛み。
そっと今はない傷跡に手を当てる。
さらりとした感触が返ってくるだけの傷跡は何も言わずにただあるだけだ。
きれいさっぱり忘れたわけではない。
だからといって憎んでいるわけではない。
形容しがたい気持ちが胸の中に渦巻いているのは確かだ。だが、今はそれでもはっきり言える。
「大丈夫だ。俺はもうあいつを憎んではいない」
瞳をあけると見えるのは“今”
過去ではなく現在。
じっと見ていたディアッカの瞳が和んだ。
フッとイザークは笑うと、通信の端末に手をかけた。
「じゃあな」
『ああ』
プツ……
黙ってしまったディスプレイを見つめながら、一つの写真立てに視線を移した。
そこには、こちらを見つめ花が咲いたように笑う少年、少女たちがいた。
「………」
二年前皆で撮った写真は変わらずそこにあるが、今の自分たちはどうなのだろうか…
もう連絡をとりあうことも無く。それぞれ分裂してしまった自分たちは…
「お前は何故いなくなったんだ…」
誰もいない冷たい部屋の中で、イザークの呟きが静かに落ちた。
慣れている筈の自分の部屋が、どこかよそよそしく感じイザークは静かに部屋を出た。
to be contenu....?
|