出会い





崩れた瓦礫の上に、一つのピアノがあった。

そこに人が現れ、白と黒の鍵盤に触れた。

その指は静かに音を奏でる。


流れていくハーモニー。

滑らかに、それでいて強く。

その音は空間に響きわたっていた。



ガタン!!



「!!」

突如聞こえた音に、ニコルはピアノの演奏を止めた。


「ご…ごめんなさい…!」


現れたのは栗色の髪の女性。
顔はうつむいたままでよく分からないが、髪の間から覗くと白磁のような肌が見てとれた。

いつまでも下を向いているので、どこか具合が悪いのかな、と思ってニコルは目の前の女の子に尋ねた。


「あの…大丈夫…ですか?」

「…ふぇ…?」


ぽやんと返された声に思わず笑いそうになる。
が、次の瞬間息が止まった。

少女が顔を上げた時。

輝くアメシストの瞳。

紫は至高の色。
同僚の紫よりも深い吸い込まれそうな瞳に見つめられ言葉を失った。


「あの…」


気遣わし気に向けられた視線には、心配な色が見えた。


「!…すいません…」


思わず謝ると、彼女はおかしそうに口元に手を当ててクスクス笑った。

―うわぁ…可愛い…
 天使…みたいだ…


「え…?」


頭で考えていた言葉が口にでたのか、少女は訝しげにニコルを見る。

それだけでニコルの心臓は一瞬にして高鳴った。
なんとか内心の動揺を隠すように聞いてみる。



「あの!…どうしてこんな所に…?」



ニコルがいる場所は廃墟。
よほどのことがない限り来ないであろう場所なのだから。

疑問に思って少女へ問いかけた。


「散歩をしていたら、ピアノの音が聞こえたので…」


恥ずかしげに笑った少女は何故だか寂しげで。
その訳を知りたくなったが、少女の様子から聞くのをためらわれた。
しかし、それとは別に気になることがある。



「…貴方はコーディネイター…ですか?」



その言葉に彼女は目をしぱしぱさせた。



「え…そうですけど…、わかりますか?」



首をゆるく傾げて問う様は可愛らしい。



「えぇ…まぁ僕もコーディネイターですから」



薄く微笑むと少女は驚いた表情をした。
何でそこで驚くんだろうと思っていたら、彼女は勢いよく尋ねた。



「コーディネイターとナチュラルって見分けがつくんですか?!」

「…へ…?」



何を言っていいのか分からず、呆然となる。
が、直ぐに氷解し、苦笑した。



「僕の周りにはコーディネイターが沢山いますから…何となく…でしょうか」



プラントに住んでいるから…と心の中で呟いて少女に答える。
へぇ…と少女は驚いていたが、突然遠くを見つめて呟いた。



「良いですね…コーディネイターの人がいて…」

「え…?貴方の周りにはいないんですか?」



驚いたように言うと、少女はつと目を伏せた。



「そう…です…ね…」



そう言った表情はとてもつらそうで、ニコルは少女の様子を見ながら言う。



「それならプラントに行ったらどうですか?」



これにはニコルの願望も含まれていた。
彼女がプラントに行けば、また会うことができるかもしれないのだから。
だが、彼女は首を左右に振り、悲しげに言った。



「最初は…そのつもりだったんです…。でも戦争が始まって、それはできない…」

「……」



そうか…戦争がある内はいくらオーブでも無料なのかな…

しょぼんと気持ちが落ち込んで、瓦礫に埋もれたピアノを撫でた。



いつ平和はくるのだろうか。

戦っても戦っても、人は次なるものを生み出し、戦火を広げていく。

脳裏に地球軍から奪った、黒い機体のことが思い出された。
そして、赤、青、白のトリコールの機体。

あれもまた、その産物なのだから。




「プラントには…」



急に少女は空を見上げて、どこか遠い瞳で懐かしそうに言った。



「プラントには友人もいるんです…」

「なら行けばいいじゃないですか!」



思わず大
声で叫ぶと、彼女は瞳を曇らせた。


「そうしたい…でも…できない…。今の私は…彼に会わせる顔がないから…」

「…どういう事ですか…?」



問い詰めようとしたところに、後ろから声がかかった。




「ニコル!!」




振り向くと、そこには眉を吊り上げ怒るイザークと、ディアッカの姿があった。




「お友達…ですか?」

「えぇ…まぁ」


無断できたから怒られるだろうな…と心の中で溜息をつく。



「じゃぁ…」

「待ってください!!」



言って去ろうとする少女を呼び止めた。



「あの…お名前を聞いてもいいですか?」



一瞬の逡巡ののち、彼女は微笑んで答えた。



「…私はキラ。キラ・ヤマトといいます。あなたは…?」

「僕はニコルです。ニコル・アマルフィー」

「そう…じゃあ…ニコルさん」



儚げに微笑んで手を振る。



「ニコルでいいです。…また!またいつかお会いしましょう!」



その言葉に彼女は目を見開いた。
そして嬉しいやら悲しいやら複雑な表情をした。



「…うん、また…」



そう答えた表情は悲しさと諦めが混じっていて気になったが、後ろからかかるイザークたちの声にしぶしぶその場を離れる。



「本当に、また会いましょうね!キラさん!」



振り返って叫んだとき、キラは小さく微笑んだ。
そしてニコルは名残惜しさを振り切るように走り出した。







ニコル君…か…


去る姿を見てキラは溜息をついた。


ごめんね…

でも、ありがとう…


おそらく彼はプラントの人なんだろうと思う。
でなければ、あんな事は言わないと思ったから。

プラントに行く…

アスランの言葉が脳裏に響く。


『コーディネイターのお前が、何故地球軍にいる!!』
『お前もプラントに来い!!』


それは解けない鎖のように今でもキラの心を縛っていた。


『プラントにいってみたらどうですか?』


優しげに、どこか心配気に言ってくれた少年の顔が思い出される。

彼は、アスランと同じく優しい人なのだろう。
ピアノの音色も澄んでいて、とても綺麗だったから。

でも私は彼を裏切っているのと同じ…
地球軍で戦っている。
何人ものコーディネイターを殺して、自分だけ助かって。


息苦しさに、再び空を見上げて肺に詰まった重い息を吐き出した。


「キラ!!こんな所にいたの?」


声がして振り向くと、肩で息をつくミリィとトールの姿があった。


「どうしたの?」


突然のことで目を見開いて聞くと、ミリィは呆れた様に言った。


「どうしたもこうしたも、もう戻らないと!マードック曹長が探してたわよ!」

「うそ…」


まずい…とキラは走り出した。


「早くしないと怒られるわよー!」

「うん!ありがと!」


後ろから声をかけるミリィの言葉に頷いて、廃墟をでた。


やっぱり自分がやらなければいけない。
ミリィたちを守るために。


迷いを振り切るようにキラは足を踏み出す。



出会い

それは偶然か必然か

だが二人は出会い

そして

別々の道に分かれた。

次なる出会いが死の別れとも知らず


End



あとがき
暗いような明るいような。
CP的にアスキラ←ニコルみたいにもとれますね。
ニコルは何故死んでしまったんだろうかと今でも思います。
話として、死に意味を持たせてはいけない、と聞いた事があります。
人それぞれ価値観やらものの見方がありますし、どうとは言えませんが、私は意味をつけたがるのが人ではないのだろうかと思います。
でなければ寂しさや虚しさに自分がやられてしまうかもしれないですから。

…なにやら意味不明なあとがきですが、皆さんも時折考えて見るとそれぞれ違った結末が見えてくるかも知れませんよ(何)



music name:落花流水
by遠来未来